森の川

沖縄県が「琉球国」と呼ばれていた1372年、沖縄中部地域(中山)の王として公式に初めて中国明朝と外交を開いた人が、碑文に記される私たち郷土の偉人察度です。
彼は、この清泉「森の川」で出会った貧しい奥間大親と天女の間に生まれた高貴な人物とされ、その田畑には金銀が溢れ、黄金宮(現在大謝名在)と呼ばれる楼閣に住んでいたと伝えられています。
その金銀とは、当時の「謝名(現在の大謝名・真志喜・大山の総称)」地域の土地・海幸の豊かさと住民の勤勉さをものがたっているのでしょう。